November 20, 2005

紀宮様の御慶事と皇居宮殿参観

御聡明で「天皇家の扇のかなめ」と報じられて居られる紀宮清子内親王のご婚儀が去る15日執り行われました。、御名の如く、清清しい程 簡素な中にも厳粛で、しかも暖かい雰囲気の素晴らしいお式と披露宴であったとテレビで拝見いたしました。全てに宮様のお心くばりが行き届いていて、とても深い感動を覚えました。
まず、朝見の儀での宮様のお言葉のなんと美しいこと。かっての私達も持っていて、今は すでは失って久しい 日本女性の品位ある美しいお言葉。凛と背筋を伸ばされた小さなお姿より その美しいお言葉が鈴のように流れ画面に釘ずけでした。
また 両陛下へ述べられた感謝のお言葉の素晴らしさ。其の中に皇室を去られるお覚悟の程までが感じ取れなんとも言えぬ気持ちでした。この様に 、立派にお育てになった両陛下におかれては、お淋しさはあっても 、一般社会に送り出されるに当たってのご心配はなさらなくても宜しいのではと つい、勘ぐってしまいました。
お式も神式で お見受けする限り、御両家の御親族のみで、私共と大差ないようにお見受けいたしましたし、披露宴も皇族方の御臨席で華やかな中にも、御降嫁なさる宮様の慎ましいお心配りが随所に見受けられました。

正装のロングドレスも品格はあっても華美ではなく、この先、お年を重ねられても何時までも お召しになられる事でしょう。唯一度の御召換えも、皇后様よりの御拝借のお着物であったとのこと。宮様のお心には、慎ましさとともに 大切なお母上様と共にありたいというお気持ちがあられたのではと推察致しました。又、披露宴での両陛下の嬉しそうに歓談されて居られるお姿を拝見し、私共と変わらぬ 普通の親としてのお姿を垣間見た思いで心が暖かくなりました。全てにわたり 本当に私達が手本としたい披露宴であったと思います。

分刻みのスケージュルの合間で行われた記者会見。他人に対して、自分の親を 「お父さん お母さん」と当然の如く話す若者が多い中、式直後の会見では 黒田家の一員である事を自覚され 「黒田の母」と呼ばれて居られたのがとても印象に残りました。
新聞では、清子様を「皇室を去る最後の女性」かも知れないと書かれています。女性でも新しい宮家を造られる時代が間近かも知れませんね。しかし、清子様。宮家も素晴らしいですが、この御慶事が どうぞ、新しい世界に飛び出せる最後のチャンスで良かったと思えるような 素晴らしい自由な時間を ご主人と共に積み重ねられます様 お祈りしております。
どうぞ お幸せに。。。。。

皇居に行きました。
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先月、念願であった皇居宮殿参観にご縁がありました。「清掃奉仕団の一員として行けないものか」と ずっと
チャンスを待っていましたら、嬉しいことに 神宮会のご縁で行くことができました。
他のいくつもの団体とご一緒に宮内庁職員の方の案内で桔梗門から入門する約1時間半の参観です。
門前で四列縦隊になり、まず、各団体ごとの人数確認があり、出門の際にその人員が足りない場合は その団体は全員が揃うまで留め置きとの注意がありました。
最初に窓明館と言う休所でビデオによる注意事項、説明があり、ここでお手洗いは必ず済ませる様にとの事。
帰路は、ここを通らない為、 皇居を出るまでトイレ無しとのことでした。又、この窓明館には奉仕団や、参観者の為の売店があり、皇居に関する様々な品がお土産として置かれているのに驚かされました。元枢密院、富士見櫓、蓮池堀、富士見多門(多門とは石垣の上に防御と装飾を兼ねて設けられた櫓の一種でもあるが、倉庫や武器庫としても使用されるなどの実用的な面も持つ)、そして宮内庁庁舎へと 私語禁止の中、職員の説明で進みます。宮内庁庁舎は、いつもテレビで見ていまして「ああ、ここか!」と納得。koukyo-6


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宮殿に隣接した庭の大植え込みです。大きくしてご覧下さい。庭師がこの植え込みに直接乗り剪定されていました。一つの植え込みですが、人が三人も乗り作業されていますのが解りますでしょうか?。この植え込みの右が宮殿です。昭和43年に完成した鉄筋コンクリートの建物で儀式・行事が行われる正殿、豊明殿、長和殿や、天皇陛下が御公務をお執りになる表御座所等から構成されています。余りの大きさに私の腕とデジカメでは、宮殿を写真に収める事はできませんでしたが、新年及び天皇誕生日の一般参賀はこの広場で行われ、長和殿に面し、中央バルコニーが特設され両陛下始め皇族方が祝賀をお受けになり天皇陛下のお言葉を頂く処です。その日は
この広場に一度に2万もの人がお祝いに来られるとの説明でした。
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正門鉄橋(通称二重橋)から折り返し、三台将軍家光の頃、京都伏見城から移築された伏見櫓、山下通り、又、宮内庁庁舎、そして桔梗門のコースで 素晴らしい皇居参観も終了なりました。本当に、とても良い体験でした。

ちなみに、皇居一般参観は、平日に限り、許可制で原則として午前、午後の2回のみ実施されているそうです。名簿の提出等、手続等は大変でしょうが、興味があられる方は問い合わせられると良いでしょう。

  宮内庁管理課参観係  TEL 03-3213-1111 内線485. 486

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September 20, 2005

祭り今昔

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藤崎八幡宮秋季例大祭が行われ 昨日、19日最終日の神幸行列が市の中心街を練り歩き、熊本に秋の訪れを知らせます。いまだに日中は、連日30度を越す暑さですが、不思議な事に この祭りを境に朝夕は秋を感じる凌ぎ易さとなるのです。昔の人はこの事をこの祭りの俗称「隋兵」にちなみ隋兵寒会(ずいびょうがんや)と表現しています。
祭り一番の呼び物は今年も62団体から奉納された飾り馬の勇壮な馬追です。思い思いに飾り立てた馬を勢子達が「ドーカイ ドーカイ」と囃子立てながら 鉦 ラッパ 太鼓のリズムにのり踊ります。最近は若い娘さんの姿が大変目立ち 祭りに花をそえています。
息子も青年江原会と言う 高校OB主体の団体から毎年参加していますが、例年6月に入ると 日曜は5時起床、牧場に6時集合で 馬の調教 馬具の手入れ、点検など行ない全員協力し 9月のこの大祭に備えるのです。どの団体も 口取りという馬を引き回す集団、楽器をつかさどる集団、そして 勢子と呼ばれる踊る集団の3部門で構成されています。口取りは、非常に難しく 技術 度胸が要求され その腕次第で馬追いの迫力、面白みが異るという 危険と隣り合わせの部門です。
今では動物愛護問題、事故に関する様々な規制で、昭和30年代までの迫力ある勇壮さは見れず 昔を知る人には一寸、物足りなさを感じさせています。
当時は、群集の中に わざと馬を引き入れ、そのギリギリ、瀬戸際で、ピタリと馬足を止めたりして見事な技を披露し、観客の盛んな拍手を得たものでした。そして当然のように馬に酒、ビールを飲ませたりしたものでしたが この祭りの馬は暴れるものと人々は納得していて 怪我は「怪我するものが悪い」と言うような風潮でしたし 観客も共に緊張感を共有して この祭りを盛り上げていました。
又、若い娘達は、口取りの腕と度胸に胸躍らせ 盛んな声援 拍手喝采で 火の国の祭りに熱く燃える男たちに その粋な男振りを競わせたものでした。今では、時代が変わり、楽隊や、踊り隊が花形の様で、一寸残念です。又この時期頃を境に「ボシタ ボシタ」の掛け声も「ドーカイ ドーカイ」に変更されています。祭りも伝統を守りながらも 時代と共に少しずつ変化し受け継がれていくのでしょう。
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私が生まれ育った新町から奉納される伝統ある獅子舞の獅子に 「元気で大きくなーれ!」と頭を咬んでもらった快くんです。

お馬さんにも飽きて 見物仲間の可愛いワンちゃんと遊んでいましたが とうとうこの姿勢で ネンネしてしまいました。 (*^。^*)  
そこで、今年のお祭り見物はおしまいとなりました。

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September 16, 2005

いけばな展にいきました

デパートで開催された花展の招待券を頂き、友人と久しぶり出かけました。会場は華やかな雰囲気で溢れていましたが、出品者の方々の個性ある作品に心癒される静かなひとときを過ごせました。katen-1
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3歳と5歳の子供さんの作品です。

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真っ赤に燃える花は 「火の国の乙女」 を表現した作品との事。地元のテレビでも放映されました。以前、一寸お世話になった知香流の熊本支部創立50周年記念の花展で どの作品も個性豊かな力作でした。
私が50年前習っていた古流にはない、型にはまらず 自分の発想のままに表現された作品に、圧倒され、感化されて 刺激ある有意義な時間を持つ事が出来ました。(ご招待頂いた高木香昌先生にUPの了解頂いています。)


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September 03, 2005

佑輔君の俳句

熊本では、1995年より「全国草枕俳句大会」が実施されています。夏目漱石が現在の熊本大学に教授として滞在した時代に執筆した小説「草枕」に因み行われているもので、毎年 全国より多くの愛好者が参加されます。昨年は、台湾の留学生の阮文雅さんが大賞を受賞されました。
その草枕俳句大会に、今年は、小学四年生になる外孫の佑輔君が 応募したいから、作品の中から二句選んで欲しいと持ってきて見せてくれました。気持ちは とても有難く嬉しいけど 悲しいことに お婆ちゃんは、全く句心が無く 家族代表の選者失格で困っていまいました。そこで家族全員で考えたのですが、意見まちまち、現在全くのお手上げ状態です。

その祐輔君の力作はこの五句です。

 ○  虫たちは 草の中の モーツアルト

 ○  がんばった 目標達成 25メートル

 ○  三匹の メダカがいっしょに 鬼ごつこ

 ○  セミの声 朝体操の 伴奏だ

 ○  朝も昼も いっぱい遊んだ 夏休み

上手下手は別にして、子供の視点とは、何とみずみずしい感性でしょう。コチコチ頭の私の発想の及ばぬところで、子供たちは遊び、考え、生きていて 私達大人の世界を じっと見つめているのですね。毎日、ゲームに明け暮れ 怒られてばかりの この子でも まだ、豊かで新鮮な子供の感性、発想を内に秘めていたのです。

今は、40歳を越えた息子が2~3歳の頃、おんぶされた私の背中で「母ちゃん、ほら、金峰山が元気ずいて来たね!」と雨雲の中から クッキリとその姿を見せた金峰山を見て叫んだのでした。その時の光景は今も鮮やかに残っています。
その時の感動も思い出しながら、例え 時代は変わろうと、子供とは なんと素晴らしいものかと改めて思い,この宝の子供たちを、家庭も 地域社会も  しっかりと守り 育てなくてはいけないなと実感しました。


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August 18, 2005

楽しい合成写真

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フォトショップエレメント2.0でのお勉強で、孫たちの可愛い写真ができました。高齢の私にもできるなんて「、わかるとできる教室」の先生方に、本当に感謝です。楽しいパソコンの世界が又、少し広がった感じでうれしい!

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July 23, 2005

台湾では台風でした

台湾一周の旅に出ました。台北に降り、まず最初に世界4大博物館に数えられる故宮博物院の観光です。ヨーロッパの絢爛豪華な美術品も素敵ですが、人間業とは思えない細やかな細工を施された数々の名品に心を奪われた時間でした。今、丁度改装中でしたが、19年前訪れた時とは、又展示品が異なり新たな感動で楽しめました。
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満面の笑みを浮かべた大仏様がある宝覚寺は台湾の靖国神社とも称され日本兵2万8000人、日本兵として戦った現地の方8000名が祀られているそうです。その中には勇猛果敢に戦いで名を馳せた高砂族の人人も祀られていました。前台湾総統の李登輝氏が その記念碑に「霊安故郷」と書かれています。この大戦で散った御霊がそれぞれの故郷で 安らかに眠って欲しいと祈念された言葉と聞きました。日本人は観光で立ち寄り御参りするだけのこの御堂を この地の老人達が、毎日清掃し 欠かさず花を手向けてくださっているのには唯 有難く感謝の言葉もありませんでした。
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忠烈祠は豪華な中国宮殿様式の霊廟で 辛亥革命や戦争で犠牲になった数十万の将兵が祀られています。
大勢の中から選び抜かれた若い兵が 気持ち良い程の機敏な動作で、銃剣を見事に操り、素晴らしい交代の儀式を披露します。その後の1時間 彼らは入場門で 瞬きもしないと言われる程の直立不動の姿勢で 猛暑の中 任務に立つのです。でも、これに選ばれるのは本人は勿論、親兄弟、一族の大きな誉れだそうです。

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高雄の港と市内を一望できる壽山公園から撮りました。左の写真、右手奥が戦時中、日本海軍及び軍籍の全ての船が、ここから南方戦線へ多くの将兵を乗せ出て行ったとの事。現在は写真左手を工事して 積み出し量では世界第4位の港だそうです。高雄の今日の発展の基礎は、日本のお陰と感謝されています。又、台湾の新幹線の走行テストを見ました。フランスを含む5ヵ国との契約を破棄し、金額的にも高い日本の新幹線の導入を決めたのは、日本人とその技術に 絶対の信頼を置いているからだと説明を受けました。 壽山公園や竜山寺など観光地でバスが着くと70歳台の身奇麗な老人が近寄って来られます。
現地ガイドの呂さんによると 日本語を話したくてやってくるのだそうです。まず「私は日本人です。」と言われます。日本統治時代 「日本人として日本と変わらぬ教育を受け、日本人として召集され 日本兵として働きました。今も日本人としての誇りを持っています。」と美しい日本語で どの方も言われます。つい、そのお爺ちゃんと敬礼でお別れしました。とてもうれしそうでした。その写真が撮れていなかったのはガッカリ!
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凄い大きな台風5号とのことで 花連タロコ渓谷の観光は中止となり残念です。急ぎ台北に帰っていて正解でした。高雄も私たちが発った後、暴風圏内に入り大きな被害がでたそうです。
台風は花連も直撃し その花連のホテルでは素晴らしい渓谷を一望出来る様に食堂に取り付けた2.5cmの厚みの2Fまである防弾ガラスが割れてしまったとの事。ちなみにそのガラス6年前、日本より7000万円で取り寄せたが今なら1億はかかるそうです。飛行機も飛ばず圓山大飯店に一泊の予定が連泊する事になりました。(保険をかけてきて良かったです。後日、請求すれば宿泊及び食事代は実費でるそうです。)
市内に出ようにもデパートも商店も全てお休みで、本当にホテルに缶詰めでした。テラスから台北の街を眺めますと凄い高層ビルが林立です。台湾の高級マンションではそのネーミングで購買に差が出るとの事。
「宮本武蔵マンション」や「美空ひばりマンション」はすぐ完売し、市民の憧れで、住んでいる人は「美空ひばりマンションに住んでいます」と自慢の種だそうです。日本人として嬉しくもあり、一寸気恥ずかしくもある話です。

台風一過の圓山大飯店のバルコニーから見た美しい虹。日本を兄弟の国と言い、日本の技術を愛し 日本人を大好きと言ってくれる台湾の人人。この虹は両国の素晴らしい未来を託す友情の架け橋に思えました。

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June 29, 2005

賞味期限切れの旅日記

昨日、新聞に前法王、故ヨハネ・パウロ2世の列福調査開始の記事が掲載されているのを見て、前法王のご病状が最悪の3月末訪れていたイタリアの旅を思い出しました。国中、いたるところ古代ローマ遺跡や、様々な歴史的建造物が点在する素晴らしいイタリアですので、今まで多くの情報をみて良くご存知と思います。そこで今回は、毎年恒例の小学校のクラスメイトが中心の7名で467歳のおばば連合の視点でみたイタリアを紹介します。
約12時間のエコノミークラスでのフライトは年齢的に かなり辛いものですが、これさえ辛抱すれば別世界が待っている事を期待して皆頑張りました。
ミラノで入国して最初にみたサンタマリア・デレ・グラッツエは圧巻でした。ミラノからベローナへ移動してあの有名なロミオとジュリエットの家を見学です。jyurietto

本当にロミオの屋敷もジュリエットの家も残っていました。ジュリエットが今にも身を乗り出した来そうな2Fベランダです。恋の季節は遠い昔のおばば達ですが哀しい恋のお話に一寸胸キューン!(^^)!

水の都ヴェネチアは、ヴェネチアグラスとゴンドラです。でも、美しいヴェネチアグラスは私達には高価すぎてただじっと見るだけでちょっと哀しい。a04

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ゴンドラ遊覧は体験してきましたよ。とてもとても期待して乗ったのですが、一寸失望です。建物と建物の間の水路を縫って行くのですが、生活廃水臭がひどく、みなハンカチで鼻を押さえながら やっと我慢していました。同じ様に家々の間の水路を行く柳川の川下りが数段、風情があって素晴らしいです。これも体験しなければ解らない事ですね。
フレンツエのウフィッツイ美術館はとても素晴らしかったです。pisa-1
また、ピサのドゥーモ広場、ピサの斜塔を見学。
本当にかなりの傾斜を実感しました.。若い元気な人は料金を払い斜塔の螺旋階段を駆け上がっていましたが帰ってきて、塔の上部に行くごとに平衡感覚がおかしくなったと言っていました。


世界3大美港の一つといわれるナポリ・サンタルチア港ですが港の美しさとは裏腹に、ナポリの街はどこへ行っても街中 ゴミの山、凄い落書きだらけで本当にびっくり。こんな素晴らしい観光地ですので、どうにかすればと言ったら ガイドさんが「市民は税金を払っているのだから、これはお役所の仕事」と割り切っているのだそうです。でも各家庭の中はどこも金ピカとの事。日本だったら町内会や、商店街や企業の皆さんが 自発的に行動を起こし、地域の美化に勤めますよね。やはりお国柄ですね。

いよいよ、この旅のハイライト。青の洞窟です。ツアー会社の統計では30%台しか見れないとの事でしたがお天気に恵まれ波も穏やかで 本当に運良く、決行のサインが出たのです。まず大きなジェット船でカプリ島へ50分の船旅で洞窟の近くまで行きましたが、何十艘もの手漕ぎのボートが順番待ちです。これが結構揺れて船酔いが酷いとの添乗員の助言で用意してきた酔い止めドリンクのお世話になりました。小船での船酔いやこの混雑が解消するまでの時間を考慮して、急遽オプション(15ユーロー)で赤の洞窟、白の洞窟を見学する事になりました。赤と白の洞窟は珊瑚の色で出来たものでとてもきれいでした。

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そして、待ちに待った青の洞窟です。ボートに6名ずつ乗り込み、狭い入り口では船頭さんの掛け声で全員バタバタと人の上に重なり、仰向きに寝るのです。他人の大人の体重は結構堪えましたが、今は楽しい思い出です。洞窟の中は、思いのほか広いのですが、真っ暗で 「何が青いの?。どこが青いの?」と ひと騒動していたら、船頭さんが「バック。バック。」と叫びます。入り口を振り返れば、なんとなんと幻想的な青に輝く世界が広がっているのです。例えようもない素晴らしいの一言で大満足でした。

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ヴェスピオ火山の噴火で2000年前、消滅した都市ポンペイの遺跡。現代の私達よりも豊かな暮らしであったことを遺跡は語ってくれます。この写真は、劇場跡です。ポンペイは2000年前、すでに個人の家々にも上下水道が備わった生活だったのには驚きです。

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トレビの泉です。同じツアーの方が親切に新しい5円玉を全員に用意してくださっていました。ちなみに投げ入れる硬貨はどこの国のものでも良いそうです。年に数回引き上げて慈善事業に使われるとの事。又、後ろ向きでやるのだそうです。

問題は投げ入れる硬貨の数です。ご存知ですか。
1個投げ入れれば、又ここに帰ってこれると言われています。
2個投げ入れれば、好きな人と結ばれるそうです。
3個投げ入れれば、別れたい人と別れる事が出来るのですって。
おばば達は本当に困ってしまいましたよ。ここに又来る体力は無し、好きな人 云々は、卒業済みだし、別れたい人はすでに、メンバーの大半が天国へ単身赴させてしまったし、。。。。「いくつ投げる?」とお互い顔を見合わせてしまいました。そして、元気なおばば達の出した結論は4個です。「良く生きて、良い死を!!」  
その為に元気で来年の旅も 大いに楽しもうねと言う事になりました。

最後になりましたが、この旅で最も素晴らしかったのは、やはり青の洞窟、そして法王のいらっしゃるバチカン市国でしょう。美の殿堂ヴァチカン博物館が「世界3大美術館になぜ入っていないのか?」の問いに、その素晴らしさが質、量共に、余りにも別格過ぎるからだそうです。ヨハネ・パウロ2世の葬儀が行われたシスティーナ礼拝堂の荘厳さ、サンピエトロ寺院、そして世界中から 前法王の死を悼み 人々が集まったサンピエトロ広場等を有するバチカン市国は、正に小粒ながらダイヤモンドの輝きでした。


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May 30, 2005

羽化する蝶

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今朝6時頃 散歩より帰ると、家のブロック塀で丁度、蝶が羽化を始めていました。木の枝や、葉の上ではなく
ブロック塀にへばりついての羽化に一寸驚き つい立ち止まってしまいました。サナギから美しい蝶へと変身していく姿は実に感動です。人も 何度も殼を破り 人生と言う学びの場で成長していくのでしょうね。

娘に薦められて最近読んだ本。「人生は廻る輪のように」の中に「羽化する蝶」「蘇る蝶」が随所に出てきます。1926年生まれで、精神科医師で医学博士のエリザベス・キューブラ・ロス博士は、終末期医療および死の科学のパイオニアであり、世界的にその名は有名です。そしてこの本は博士の自伝であり また、
「人生に偶然はない」、「死は存在しない」と言う博士の強い愛のメッセージの本でもあります。

 いのちの唯一の目的は、成長する事にある。究極の学びは無条件に愛し、愛される事を身につける事と説かれています。学ぶために地球に送られてきた私達が、学びのテストに合格した時、卒業が許される。未来の蝶を包んでいるサナギの様に、魂を閉じ込めている肉体を脱ぎ捨てる事が許され、時が来ると私達は、魂を解き放って痛みも、恐れも心配もなくなり 美しい蝶のように自由に飛翔して 神の家に帰って行く・・・・・・・・・・・・のだそうです。

今日は明日したことに、明日は今日する事によって左右される。
今日一日自分を愛したか?。
花を敬い、花に感謝したか?。小鳥を慈しんだか?。
よろこびをもって山をみあげ、畏怖を感じたか?

自分を許し、愛し癒す事が、人を癒す事につながり、地球を癒すことになる とも説かれています。

何を学ぶ為に この世に送られたか 神からの宿題は それぞれ異なっても、日々をそんな心構えをもっておくれたら、やがて、光溢れた卒業の日がくる。誰にとっても、どのような形で訪れ様とも その日はその人にとって最高の日となる。人種、国籍を超えた世界中の 何万人もの臨死体験者の貴重なデーターから、痛み、恐れはなく、光と暖かい大きな愛に包まれ、全員が卒業すると博士は書いておられます。そして、又 新しい課題を持って次の学びの場を得て 魂の成長を続けるのだそうです。正に「羽化する蝶」「蘇る蝶」です。

死が迫った9歳の男の子ダギーの「先生 命って何ですか?。死ぬってどういうこと?。どうして 子供が死ななくてはいけないの?」と言う質問にエリザベス・ロス博士はこう答えて居られます。

 「ほんの短い間だけ咲く花もあります。・・・・・・
春が来た事を知らせ、希望がある事を知らせる花だから みんなに大切にされ、愛される花です。
そして、その花は枯れます。・・・・・・・・・
でも、その花は、やらねばならない事を ちゃんとやり終えたのです。

           
            

地球に生まれてきて、与えられた宿題をぜんぶ済ませたら、もう、からだをぬぎ捨ててもいいのよ。
からだは そこから蝶が飛び立つサナギみたいに たましいを包んでいる殻なの。
ときがきたら、からだを手ばなしてもいいわ。そしたら、痛さからも、恐さや心配からも自由になるの。
神さまのお家に帰っていく、とてもきれいな蝶のように、自由に・・・・・・・・・・・・

                   ______________博士より がんの子どもへの手紙から


ロス博士の言うように 「人生に偶然はない」とすれば 今朝、ブロック塀で羽化した蝶は、きっと (どこで生まれ どんな環境にあっても 精一杯生きること)を 私に教える為に、ただ一度っきりの 華麗な感動のショーを見せてくれたのでしょうか?。

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May 21, 2005

ドクダミ化粧水

庭のドクダミがやっと白い花をつけました。この時期 毎年ドクダミ化粧水を作ります。待ってくれてる友人達のツルツル、ピカピカの笑顔を思い浮かべて 楽しんで作るのです。もう、20年位 この化粧水のお世話になっていますが、本当に浸透性があり さわやかで 手放せない一品です。試してみてください。
                
              ドクダミ化粧水

 用意するもの

  1 ドクダミの葉・・・・・・約300枚位 (花が咲いた後採り   洗って1~2日陰干し)
  2 ホワイトリカー・・・・・1.8リットル  (約1300円前後)
  3 グリセリン・・・・・・・・250cc    (約450円前後)
  4 レモン・・・・・・・・・・・1~2個    (約100円)
  5 アロエの葉・・・・・・・3~5枚
  
 作り方

  ①  容器にドクダミの葉、輪切りレモン、棘を削ぎ切ったアロエ、ホワイトリカーを入れる。
  ②  約一ヶ月したら、ザル及び二重のガーゼで漉して葉などを捨てる。
  ③  茶褐色の澄んだ液に、グリセリンを入れ混ぜ合わせる。
      (グリセリンは最初から入れても可。但し、薬用酒としての飲用は不可となります。)

 以上で出来上がりです。その日から 早速使用出来ますし、何年経っても品質は大丈夫です。
 まずは、半分か、三分の一位の量から 挑戦なさったら如何でしょう。

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May 07, 2005

天草にて

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お爺ちゃんの喜寿を祝って4月30日~5月1日一泊で天草の本渡へ行ってきました。あいにくの大雨で 「藍より青い」といわれる 美しい海の色はていまひとつでしたけど、小学四年の佑輔君が 寸劇 「お代官様」を さらに進化させて盛り上げてくれ 四歳の睦月ちゃん 二歳の快君も 「お爺ちゃんおめでとう。長生きしてください。」と祝ってくれて お爺ちゃんも大満足でした。子供達は、ご褒美にイルカショーの見学で イルカと握手でき これまた 大喜びでした。

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この天草は1566年宣教師アルメイダにより キリシタン文化が花開き コレジョと呼ばれた宣教師養成の学校では金属活字印刷機で「平家物語」や「イソホ物語」が日本で最初にローマ字本として印刷されたそうです。
本渡市立の天草切支丹館で国指定重要文化財の天草四郎陣中旗を見て感激しました。天草島原の乱で3万7千のキリシタン一揆軍の旗印として原城本丸に翻っていたもので 矢弾の疵や、点々と残る血痕が戦の激しさを今に伝えています。この施設で初めて知ったのですが 「世界三大聖旗」ってご存知ですか?一つは十字軍の旗 もう一つはジャンヌ ダルクの旗 そしてこの 天草四郎陣中旗だそうです。息子が「それは一寸格が違うんじゃない?」と言ったけど 3万7千もの人が この旗の元に 信念を持って集結し 殉教した事を思えば やはり三大聖旗と呼ばれて当然と思います。是非一度、藍より青い海と南蛮文化 そして隠れ切支丹の島へお越し下さい。

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